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大阪高等裁判所 昭和25年(う)256号 判決

被告人

新井享昊こと

朴享昊

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所堺支部に差し戻す。

理由

刑事訴訟法第三九二条第二項により職権をもつて調査するに裁判所は検察官の予備的訴因の追加請求を許した場合であつてもまず本来の訴因について審理を盡しその証明がない場合に初めて予備的訴因の審理に移るべきものであつて、たとい予備的訴因が認められる場合であつても本来の訴因についての審理を盡さないままに予備的訴因について判断を下すことは訴訟法の法意に反するものと言わねばならない然るに本件の記録によると原審第一回公判において検察官により訂正せられた昭和二四年九月二八日附起訴状に記載の公訴事実は「被告人は外数名と共謀の上法定の除外事由がないのにかかわらず昭和二四年八月三〇日頃玄米二、〇三九瓩、精米七〇六瓩、大豆一一八瓩を岡山県阿哲郡石蟹鄕村日本通運株式会社石蟹営業所に輸送の委託をなし同年九月一日までの間同村石蟹駅から堺市浜寺石津川町石津川駅まで貨車により不正輸送したものである」というのであるが、検査官は第三回公判において「被告人は同年九月一日頃堺市浜寺公園町一丁二七番地岡本柳次郞方において同人に対し右石津川駅に前記石蟹鄕村から輸送して来た前記玄米精米及び大豆の輸送の委託をなしたものである」との訴因を予備的に追加し原審は原判示第一事実として右予備的訴因を認め有罪の判決をなしていること明かであるそして原審がこの点の証拠として挙げている証拠だけを検討してみても昭和二四年六月初頃同年七月二〇日頃及び同年八月三〇日頃の三回に亘り発送人岡山県の佐久間産業所荷受人前田栄品目石灰又は豆炭名義の貨物が国鉄石蟹駅から南海本線石津川駅止で貸切貨車積として発送せられ同年六月四日同年七月二五日及び同年九月一日それぞれ右貨車が石津川駅に到着しており右一回目及び二回目の貨物については被告人が日本通運株式会社石津川営業所作業頭岡本柳次郞に依賴して被告人方に運搬させたが三回目の貨物については同年九月二日堺市警察署司法巡査が石津川駅で搜索し積荷の精米七〇六瓩、玄米二〇三九瓩、大豆一一八瓩その他を差押えた関係並びに三回目の貨車が石津川駅に到着する直前及び到着直後に被告人が岡本柳次郞に面会した上前記貨物の運搬方を依賴したが同人においては既に警察から手配があつた関係上運搬方を躊躇した模樣が明かであるとともに一方発送地においては前記三回とも大阪から来た前田栄と称する四〇歳位の朝鮮人が佐久間産業所工場長田中治郞と交渉して石灰豆炭などを買受け同人に石蟹駅から石津川駅止で輸送方を依賴しており三回目に至つては石蟹駅長園田久夫等に石灰と一諸に米等を積合せていることを察知せられた事実が窺われるのであつて右前田栄と称する者が被告人と同一人であるか否か若し別人であるとすれば被告人との関係如何を究明することによつて本来の訴因に関する事実の眞相を明かにする可能性が多分にありその方法も亦訴訟上左迄困難であるとは認められないに拘らず原審がこの点の審理を盡さないで予備的訴因につき審判したのは訴訟法の法意に戻り判決に影響を及ぼすべき事実誤認の疑い濃厚であるから原判決は破棄を免れない。

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